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ビガンの世界遺産
 大小7100余りもの島々から成るフィリピン。その中でルソン島は、フィリピン総面積の約3分の1を占める最大の島だ。そのフィリピン・ルソン島北部に位置するビガンは、16世紀スペインの植民地として築かれた港町。メナ・クリソロゴ通りに、今もスペイン風の建物が数多く残っています。南シナ海に面するビガンは古くから中国との貿易が盛んで、建物もヨーロッパと中国の建築様式が融合した独特のものです。マゼランその死後もスペインはフィリピンを中国からの絹織物輸入の中継地とするため、次々と船隊を派遣した。1571年、ついにルソン島のマニラが陥落すると城壁都市を建設し、各地にスペイン様式の町を造っていった。それが一階部分は西洋風の石造りで、二階部分は障子のはめ込まれた木造作りになっています。第二次世界大戦でフィリピン各地の古い町が焼かれたにもかかわらず、ビガンだけは焼かれずにすみました。
ビガン歴史地区
ビガン遺産町並み ビガン遺産町並み 搾り機 米臼 アンチック
ビガン遺産町並み ビガン遺産町並み ビガン遺産町並み 夜のビガン遺産 ビガン遺産
ビガン遺産町並み ビガン遺産町並み ビガン遺産町並み ビガン遺産町並み ビガン遺産町並み
私が考えてる観光地とは違いますね、本当にココが世界遺産なんでしょうかね、まるでゴーストタウンで人の気配はあまり感じませんね、いつもこんな事はないと思いますが、ここの維持は誰が、また金はどこから出ているのでしょうね、何れにしろ、フィリピン政府は観光に力を入れて居ると言いますが何処にどの様に力を入れて居るのでしょうね、棚田しろ、観光地は人が来ないですね。
宿泊 宿泊
ビガン
郵便局の車 エンパナダ
我れが宿泊したホテル 懐かし郵便局の車 エンパナダ
エンパナダはビガンの名物料理でキャベツと玉子と豚肉を黄色い米の皮に包み揚げた物ですが、それ程美味しいとは思いませんね、それより高すぎる!確か30ペソ、相対にビガンはマニラより物価は二割程高いです。
何故ビガンだけが生き残れたか?
 その理由を示す戦争秘話を紹介しています。1943年、日本軍に占領されたビガンに一組の家族がやってきました。日本軍の司令官とその家族でした。司令官は町の人々と分け隔てなく接しました。司令官の妻はフィリピン人で、彼はフィリピンの人と街並みを心から愛したのです。しかし、戦局は悪化、司令官は撤退を決断します。日本軍は撤退するとき、多くの町を焼き払いました。ビガンも同じ運命をたどるものと思われましたが、司令官はこの町を焼きませんでした。町を守る代わりに、妻と娘たちの命を救ってほしいと町の人々に頼んだのです。今も残る美しいビガンの街並みは、家族を想う愛の証でもあるのです。
サルセド広場
メトロ・ポリタン大聖堂
ポリタン大聖堂 ポリタン大聖堂 ポリタン大聖堂 クリソゴロ博物館 この木なの木♪〜
セント・ポール・メトロ・ポリタン大聖堂 クリソゴロ博物館 この木なの木♪〜
ベルタワー
私はビガンへ来たら必ずサンオーガスティン教会のベルタワーを触りたいと心に堅く決意していました、実に良いですね、ベルは心ない馬鹿人間に落書きはされて居ますが、管理が出来て居ないのでこれは致し方有りません、唯、救いは日本語が書かれて居ないことでした。私はビガンの歴史地区よりもココが素晴らしいですね。
ベルタワー1 ベルタワー2 ベルタワー3 ベルタワー4 ベルタワー5
ベルタワー6 ベルタワー7 ベルタワー8 陶器店 陶器店
サンタ・マリヤ  アスンシオン教会
ヌエストラ・セニョーラ・デラ・アスンシオン教会(世界遺産)
ビガンからバスでサンフェルナンド行きに乗り、サンタ・マリヤで下車するとココが、「ヌエストラ・セニョーラ・デラ・アスンシオン教会」と実に長い名前の教会がある、ここの有名な話は、失われたマリヤ像がナンドもこの地で見つかり、この教会が建てられたきつかけだそうです。私は嫌いでは有りませんねこの教会は。
                             (セブのサント・ニーニョ像も何度も紛失している)
アスンシオン教会 アスンシオン教会 アスンシオン教会 アスンシオン教会 アスンシオン教会
バスを降りると直ぐ上がこの教会 八角の形の金楼 埋められた入口 これが判らない
アスンシオン教会 アスンシオン教会 アスンシオン教会 アスンシオン教会 アスンシオン教会
失われたマリヤ像? 静かな町ですね、教会は日本の城の石垣ですね。
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